定点写真で振り返る。「東京箱根間往復大学駅伝競走」 の変遷
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マラソン/駅伝 カテゴリー 第 3 位 / 3,107 PV
「東京箱根間往復大学駅伝競走」は、「東京」~「箱根」間を往路 5 区間、復路 5 区間の合計 10 区間(217.1 Km)で競う、学生長距離界最長の駅伝競走です。
抜群の知名度を誇るスポーツ競技大会ですが、全国大会ではなく地方大会であるため、「関東学生陸上競技連盟」に加盟していない学校が参加することはできません。
1 月 2 日 ~ 3 日
217.1 km
・1 月 2 日
・107.5 km
・1 月 3 日
・109.6 km
渋谷区千駄ケ谷1-29-9 日本パーティビル 4階
(目的)
第 3 条 本連盟は、関東における学生陸上競技界を統括し、代表する学生自治団体であり、学生競技者精神を遵守して加盟校相互の親睦を深め、互いに切磋琢磨して競技力向上に努め、わが国陸上競技の普及、発展に寄与することを目的とする。
読売新聞社
日本テレビ放送網株式会社
報知新聞社
車両編成 本大会のために使用する車両は、競技運営の円滑化と競技者の安全確保のため、必要最低限とする。
使用車両:34 台、オートバイ:4 台
① 競技関係車両:27 台
大会本部車 2 台、運営管理車 21 台、緊急対応車①・②・③各 1 台、医務車 1 台
② 報道関係車両:7 台、オートバイ:4 台
テレビ中継車 2 台、ラジオ放送車 1 台、共同カメラ車(小型トラック) 1 台、報道車 3 台(読売新聞社 2 台、報知新聞社 1 台)、テレビオートバイ 4 台
1917年(大正6)に日本で初めての駅伝となる「東京奠都五十年奉祝・東海道駅伝徒歩競走」が、京都三条大橋と東京・上野不忍池間で行われました。
それは、読売新聞社が上野で開く大博覧会の協賛イベントとして企画したもので、京都―東京516キロを23区間に分け、三日間、昼夜兼行で走り継ぐ壮大なたすきリレーでした。
東西対抗で行われたレースは大成功を収め、これが箱根駅伝の”原型”となりました。
第 1 回大会「四大校駅伝競走」を開催しました。
早大、慶大、明大、東京高師(現筑波大)の四校が応じ、1920年2月14日午後1時に第1回大会が「四大校駅伝競走」の名称でスタートしました。