高輪大木戸跡

宝永7年(1710年)、東海道から江戸府内の入り口として、設けられた大木戸の跡……


閲覧数:1842  投稿日:2011-10-31  更新日:2016-08-01
公式サイトのキャプチャ画像

< 郵便番号 >
・108-0074

< 住所 >
・港区高輪二丁目19番地

< 最寄り駅 > 京浜急行/泉岳寺駅/徒歩/5分


宝永7年(1710年)、東海道から江戸府内の入り口として、設けられた大木戸の跡。

<「大木戸」の名前の由来>
町にある「町木戸」に対し、江戸全体を守る木戸であることから、「大木戸」と呼ばれたのが由来。江戸に入る各街道に設けられた。
甲州街道は四谷大木戸、中仙道は板橋大木戸、そして東海道はここ高輪に大木戸が設けられた。
なお、江戸に入る大木戸として現存している史跡は、ここ高輪にしかない。
設置当初は、「明け方六ツ(6時)に開き、暮れ六ツに綴じる」、という治安の維持と交通規制の役割を果たしていたが、江戸時代後期には木戸の設備は廃止され、現在は、国道15号線(第一京浜国道)海岸側に幅5.4メートル、長さ7.3メートル、高さ3.6メートルの石垣のみが残されている。
西側の石垣は、明治初年に取り払われた。
1928年(昭和3年)2月7日、国の史跡に指定。
 
と、これだけ見れば凄い史跡なのだが、
正直、この書き込みをするに辺り、
検索してみて、
初めて知った事実も多い。

歴史好きの人なら、ともかく、
一般の人には、ワリと、
関心が低い史跡かもしれない。

場所柄、この前を通ることは、
頻繁にあるのだが、
何かあるね、みたいな感じで、
これまで深く気に留めたことは一度もなかった。

たまに、年配の史跡ツアーと思しきグループが、
この史跡を興味深そうに見学しているのが、
気になっていたぐらいか…。

実際、訪れると分かるが、
この地は、ごく近所の人しか通らない、何もない場所である。
位置的には、「岳寺駅」と「三田駅」の間にあるが、
第一京浜を車がびゅんびゅん通っているだけのところに、
突然、でっかい石が置いてあって、そのために、歩道がカーブしてる、なんかそんな場所である。

郵便番号
・108-0074

地図




45° 画像

定点写真で振り返る。「高輪大木戸跡」 の変遷

2009

2009年6月、「品川」方面より「高輪大木戸跡交差点」へ向け、「高輪大木戸跡」を撮影
2009年6月2日12時38分。「品川」方面より「高輪大木戸跡交差点」へ向け、「高輪大木戸跡」を撮影。左側に写っている黄色いタクシーが走っている道路が「第一京浜道路」。右手が海岸側で、すぐ側を「JR山手線」「京浜東北線」「東海道線」が走っている

2011

2011年2月、「郵便局」方面へ向けて、「高輪大木戸跡」を撮影
2011年2月17日16時52分。「郵便局」方面へ向けて、「高輪大木戸跡」を撮影
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