御穂鹿嶋神社

御穂神社と鹿嶋神社は、もともと別の神社だが、本芝両社と呼ばれ、 宮司は兼……


閲覧数:2587  投稿日:2011-09-20  更新日:2016-08-03

< 住所 >
・港区芝4丁目15-1


御穂神社と鹿嶋神社は、もともと別の神社だが、本芝両社と呼ばれ、
宮司は兼任で(江戸時代も別当は兼任)、祭礼も同日だった、らしい。

<沿革>
・1479年(文明11)年 御穂神社 創建
・1624~44(寛永)年 鹿嶋神社 創建
・2005(平成17)年 合祀
・2006年11月 新社殿完成

初め、通りかかったとき、この神社は一体何なの?という印象を持った。
第一京浜道路・三菱自動車本社すぐ側という近代的立地、という言い方もどうかとは思うが、
少なくとも、車がびゅんびゅん行き過ぎるような場所に(実際はそこから少しだけ離れてはいるが)、
似つかわしくない、古い建物。
いつ通りかかっても、お参りしている人もいない神社。
その内、外枠の柵が、紐みたいなもので括られるようになり、
この神社って、廃墟っていうか、いつか崩れるんじゃないの?
通る度にいつもそう思っていた。

そうこうする内、三田ナショナルコートとかいう、
巨大マンションが出来ることになり、
すぐ側で、大規模工事も始まり、
正直、このみすぼらしい神社、見てて何か痛々しかった。
もしかして、取り壊される日もそう遠くないかもしれない、
とか内心思っていたのだが、 
どういう経緯か知らないが、いつの間にか、新社殿が完成していた。

で、完成したのはいいのだが、
出来たら出来たで、何か全体的にプラスチックみたいでイヤだな、と。
あれほどボロいボロいとか思っていたのに、
いざ、なくなってみると、あれはあれで渋かったな、とか思う始末。
まあ、でも、新しく完成した社殿も、あと何十年、あるいは何百年もしたら、すごーく渋くなるんだろうけどさ…。
いずれにしろ、「基本埋立地の芝浦エリア」との境界における、
貴重な歴史的建物の一つだろう、とは思う

地図




45° 画像

定点写真で振り返る。「御穂鹿嶋神社」 の変遷

2004

2004年6月、「三菱自動車本社」を背にして「浜松町」側へ向けて、「御穂鹿嶋神社」を撮影
2004年6月19日14時3分。「三菱自動車本社」を背にして「浜松町」側へ向けて、「御穂鹿嶋神社」を撮影。この外柵を、(引越しとかで使う家庭用と思われる)白い紐で縛り付けているのが、通る度にずっと気になってたんだよね。おいおい、大丈夫なの? って感じで…

2005

2005年9月、「JR山手線」を背にして「第一京浜」方面へ向けて、「御穂鹿嶋神社」を撮影
2005年9月2日15時24分。「JR山手線」を背にして「第一京浜」方面へ向けて、「御穂鹿嶋神社」を撮影。なお現在は、既に新しい社殿が創建されている

2011

2011年2月、「JR山手線」を背にして、「御穂鹿嶋神社」を撮影
2011年2月7日16時7分。「JR山手線」を背にして、「御穂鹿嶋神社」を撮影。新しい社殿を見る限り、旧社殿の頃の古ぼけたイメージは(当然だが)全く感じられない
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